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かの失楽園に出てくる アダムとイブのエデンからの追放には、
それだけは食べてはならぬと神様から堅く禁じられていた
“知恵の実”とされるりんごを、蛇から勧められて食べてしまい、
そんな二人に知恵がついてしまうという由縁が出て来ますが。
先に食べていたイブから勧められ、りんごを食べたアダムは
神がいらした気配に驚いて そのかけらを喉に引っかけてしまう。
それが男の人の喉にある あの喉仏だそうで、
英語ではまんま“アダムのリンゴ”というそうです。
(イブの方は豊かな胸乳になったとされている。)
ちなみに、同じところを日本では どうして“喉仏”というかと言えば、
火葬にした遺骨を箸で拾いあげる“お骨揚げ”のときに判るのですが、
男性の場合のその部分の喉の骨が、
丁度 仏様が座っていなさる姿に似ており、
生前に功徳をなさった人ほどその形がしっかと残るのだとか。
どっちも宗教へ落ち着くなんて、何だか深いですね。
◇◇
ややスリムな肢体へと転変なさったイエス様。
なので、女体といえばで胸乳を触って気づかせようとしたところ、
それでは一向にピンと来なかった彼だったが、
喉を撫でることで喉仏がないことへ気がつき、
そのまま自分であちこち見回した末に、
大胆にも下半身を自分でガバと覗かれて。
ああこれって…、と
選りにも選って、それ以上はない決定的な格好で
その身が変わり果てていることを、確かめてしまわれたのだけれど。
「…あの、あのね? イエス。」
すっかり萎れ、呆然としているイエスを前に。
こちらは先んじて大きく動揺したため、
今はその衝撃も多少は身に馴染んでいるその上、
どんな苦難にあっても打たれ強い、不屈の精神の持ち主が。
およそ例のない絶望に遭い、
があっくりと項垂れている神の子へ向けて、
果敢にも声をかけ、アプローチを始めておいで。
それでなくともまだ早朝で、
室内のみならず お外もまだまだ静まり返ったそんな中。
元いた位置から立ち上がり切らないで腕を伸ばし、
余計な刺激にならぬよう、
出来るだけ そおっとそおっとカーテンを開ければ。
この時期は夜明けも早いため、
六畳間はすっかりと 明るい朝の気配に白々と染まる。
イエスの肩が一瞬かすかに震えたのは、
隠しようのない明るみの中、
その姿がますますとあらわに晒されてしまったことへの
一種 怯えからだったのかも知れないが。
力なく項垂れたままの姿勢には、それ以上の変化もなく。
細い首が前へがくりと傾き、
くせのある黒髪が肩からこぼれて胸元まで長々と垂れ。
お膝へ力なく乗せられた腕も萎え、
一応は座り込んでおいでだが、背条もたわんでいて、
どれほどの衝撃に打ちのめされておいでか、
それだけでようよう察せられたが、
「…イエス。」
向かい合ったそのまま、ブッダがそおと声をかければ、
のろのろとお顔を上げてはくれる。
今更警戒する相手ではないからか、それともそれどころではないからか、
無表情な顔からはどちらとも断じかね。
だからこそ、余計に痛々しくて
さしもの如来様でも うっと改めて息を飲んだが、
いちいち怯んでいては話が進まぬ。
大切な人の危急だからこそ、
一緒になってうろたえていても始まらないと、
そこは何とか腹を決めておいでの彼だったようで。
「一応 訊くけど、何か心当たりはないの?」
「……。」
何を訊かれているのかを咬み砕いて、
当てはまる答えを探し出すまでにも間がかかるようで。
だが それはしょうがないと、ブッダの側でも重々承知。
焦らず待つのは、それこそ様々な人との出会いの中でもよくあったこと、
傷心の人へのいたわりも心得ており、
やわらかな視線だけをそそいで、急かすことなく待っておれば、
「〜〜〜。」
声での応じはなく、ゆるゆるとかぶりを振る彼で。
「何か変わった夢を見たとか、
夜中に寝苦しくて目が覚めてしまったということも?」
重ねて訊いたが、やはりかぶりを振る。
ブッダから掛けられる静かな語調の穏やかな声に宥められ、
少しは逼迫も収まりつつあるのか、
もう少しだけお顔を上げてくれたイエスは、
やはりすっかりと若々しい女性の風貌に変わっていて。
切れ長の双眸が収まった眼窩も深く、頬も薄く、
彫が深くて、冴えた印象がした いかにもな男性のお顔から、
口許や顎にあった髭がないのは勿論のこと、
まろやかな輪郭の中、すべらかな頬にやや丸みのある瞳という、
甘くやさしい面差しへと変わっており。
当たり前といや当たり前ながら、
“…マリアさんに似てる。”
聖なる存在の母親であることからか、
一途さという芯が通った、ピンとした冴えをお持ちだったが、
それでも可憐な若々しさは拭い去れずで。
そういえば恋を知らぬままで母になった人だけに、
初々しいというより、無邪気というか無垢というか、
そういう香りのする清楚さが
どうしてもついて回るのかも知れぬと、今頃 気がつく。
そんなマリア様によく似た風貌となってしまったイエスだが、
ただ、玻璃色の双眸だけは 元のままであり。
喩えようもなく打ちひしがれているだけに、
その淡色がいかにも脆く見え、
ブッダには自分の胸まで ちりちりと引き裂かれるようで辛い。
愛しい人にそんな痛々しい眸をさせてはいけない、
何とか打開策を捕まえて、安心させてあげなくちゃと、
いつの間にか そうと意識が固まったようで、
「昨夜、寝付くまではいつもと同じだったよね。」
となると、食べたものとか触れたものが原因ってことでもない。
それは特徴のあったお髭が消えたお顔には、
実を言うと覚えがなくもないけれど ( 『神様の悪戯』 参照 )
まさかに梵天さんの悪戯だとも思えない。
“そうまでの神通力を使う気配に、この私が気づかぬはずはないし。”
それこそ特別な力の発動、
いくら熟睡していても、こうまで間近に降りそそげば
心へ直接その波動が見える格好で叩き起こされていたに違いない。
問題の尊は そもそも世界の創造神であったほどの存在だけに、
実はブッダでも及ばぬほどの高度な咒力が使えるのやも知れないが、
“そこまでして やらかすことではなかろうに。”
これが単なる悪戯だとして、
ならば、そうまでの“特別”を持ち出す意味が判らない。
最新鋭の軍事ロケットで町内会のお祭りの花火を揚げるようなもので、
バカンス中の彼らへちょっかいを出しに来るほど、
至ってのほほんとして見えても、
実のところ、仏界の神将たちはそこまで暇ではない。
それに、百歩譲って彼のやらかしたことだとしても、
ブッダにならともかく、所属の異なる 異教徒の主管であるイエスへ
こんなとんでもないことをして、
ただで済むはずがないことくらいは判ろうもので。
天界という聖地を本営とし、聖なる教えで世界を護り導く存在同士、
協力し合いましょうと“全世連”なる関係で協力態勢も組んではいるが、
とはいえ、それは
それぞれの主張や尊厳を認め合い、尊重し合ってこそ成立する盟約でもあり。
神の子へのこの仕打ちが、悪ふざけという範疇で済むものではないのは明白。
“…第一、あの梵天さんが、
イエスをこういう方向でからかうのはおかしいし。”
神の子へのもてなしには 十分なほどの至れり尽くせり、
それは行き届いた態度で構いかけをしてくる彼で。
子供扱いに近いちょっかいかけならともかくも、
困らせる行為は、打ち払いこそすれ 自分からは絶対に仕掛けまい。
こんな最中にそこを認めるのは何となく癪だが、
こんな事態だからこそ、冷静な分析をと心を静めて引き出した結論であり、
となると、
残る要素は…それこそ認めたくはないけれど、
邪悪な存在、魔物からの策略か何かだということか?
それ以上はない由々しき事態だが、
だというなら、こうまで気配なく仕掛けられた仕様にも納得がゆく。
油断しまくりでバカンス中だった最聖だなんて、
見せしめ代わりの標的には打ってつけでもあったろし。
意識が覚醒しているうちは、聖なる光や威容には敵わずで、
おいそれと近づけもしないだろうが、
意識を閉ざして眠っている間なら、
討ち死に覚悟で じりじりと息を潜めて近づき、
何かを仕掛けてパッと逃げることも可能だったのかも知れぬ。
「……。」
真剣な表情になっての沈思黙考、
他でもないイエスの身の上に起きたことを案じて、
いろいろと模索しているブッダだと、
そんな彼の醸す安寧な空気の清かな波長に宥められ、
沈んでいた気色も落ち着き、何とか思考も追いついたイエス。
あのね・あのあの…と、何か言いかかり、
それへ気づいたブッダが、表情を和らげて顔を上げる。
何でもいいから話しておくれと、
やんわり促しているのが通じたのだろう、
「何かあったら…まずはラファエルに訊くんだけど。」
様々な奇跡を起こし、本人も病には縁のないイエスだが、
そういや あの“復活”を前にした3日の猶予の間、
精神的なカウンセリングを彼から受けたと話していたような。
癒しの大天使という異名もあるラファエルへは、
イエスの側からも頼りやすいのであるらしく。
興奮したり落ち着けなかったりして眠れぬ晩は、
膝枕を借りて眠ってたなんて微笑ましい逸話も聞いており、
「そうか。
ラファエルさんなら、何か知ってるかもしれないね。」
日頃からもイエスを見守っている彼らだが、
それは そもそもの技能や実績があっての配置なのだろうから。
癒すことへの蓄積を持つ彼ならば、
神族や天界人への病や奇禍にもずんと詳しいかも知れぬ。
糸口になるやもと、ブッダが思わず肩からこわばりを解いたが、
「でも、こんな試しがあったなんて聞いたことないし。」
まだまだ落ち着けないものか、
再び項垂れてしまうと、
視野の中の小さくなった自分の膝を見下ろすイエスであり。
それでも彼なりに あれこれを思い出そうとしているらしく、
「降臨先の都合でっていう、自分の意志での転変でも、
女性になったなんて試しは
どれほど昔のことかも思い出せないくらい古い話だし…。」
お膝の上で細くなった指を絡ませつつ、
そんな言いようをするすると紡いだところ、
「……女性になったことあるの?」
「え? あ、うん。」
イエスにしてみれば、そこは問題ではないものか、
けろりと頷いて返したものの。
そこまでは至って冷静に
話を聞いていたブッダの方では そうはいかなかったらしくって。
ふと、その声を陰らせてしまい、
「…私、それ知らなかったけど。」
「え? 話したことなかったっけ?」
何と言っても2000年紀という長きにわたるお付き合い。
イエスの方が後輩格であり、
天界から地上へ降臨した折の話だというなら、
間違いなく その間にあったことなのだろうに。
どうして彼に話してなかったのかと、
イエスの側でも あれれとその経緯を不審に思ったほどだったが、
「えっと、…………あ・そっか。
確か 口外しちゃいけない運びだったから…。」
いくら同じ天界におわす聖なる存在同士でも、
成り立ちは別物だし、細かいところでの主張に差異もあり、
何から何まで明けっ広げというわけにも行かぬ。
特に、イエスほどの級の存在の降臨と来れば、
複雑な事情が絡む事態だという場合もあろうから、
どうかすると同じ天乃国の尊にも極秘な事態だったのかも知れずで、
「そうなの、それじゃあ仕方ないね。」
事情も飲み込めての、
仕方がないと納得したように言いつつ、
そのくせ…表情が戻らない彼なのがイエスにも痛い。
ずっと真っ直ぐこちらを見やってくれてた視線が泳ぎ、
長い睫毛がやや伏せられて、深瑠璃の瞳へ陰を落とすのが見えて。
そこでやっと、
身のうちの混乱さえ さあっと凍りついたほどに、
自分が彼を傷つけたのだというのが伝わって。
「ごめんね、ごめん。
内緒なんてあっちゃいけないのにね。」
もう ただのお友達じゃあないのにね。
だからこそ、
知らないことがあるのは手痛いと、イエスにも重々判ること。
言ってしまった言葉はもう、なかったことには出来なくて。
自分の迂闊さに歯咬みしつつ、
ごめんなさいと すがるような声を出すイエスへ、
どれほど反省しているかは判るのか、
ブッダもゆるゆるとかぶりを振った。
「ううん。それはしょうがない、ことで。」
誰にだって失態もあろうし、至らないこともあろう。
悔いた人はそのまま許し、
共に清かな祈りを捧げましょうとするのが、
信仰の本道のはず…ではあれど。
“ぶっだぁ…。”
どこか虚ろな顔つきのまま、
しかも絞り出すような口調なのは、
全然“しょうがない”と思ってないからでしょうにと。
それを感じて、イエスの胸はつきつきと痛むばかりであり。
「〜〜〜〜。」
唇咬みしめ眉を寄せ、
今にも泣き出しそうな顔で、
くぅんと子犬のような声を立てるイエスに気づき、
「…ああほら何て顔してるかな。」
「だってっ。」
手を伸べかけて、でも、
畳へ突いてたブッダの手はそのまま動かず。
筋を立てるほど ぐうと握り込まれたのが目に入り、
ああ、それは踏ん張って堪えているのだと伝わってくる。
苦しみは苦しみで、痛みは痛み。
たとえ意志の強いブッダであれ、
平然と受け流せるものばかりじゃあないのは当たり前で。
“でも、これって耐えてやり過ごすものなの?”
頑張って支えになろうとしてくれているブッダだけれど、
女性になってしまったイエスへ、そういえば触れてくれないのは、
異性へは、ただ触るだけでも、本来の教えや説法に反するからかしら。
混乱していた間はともかく、事情を聴き始めてからこっちは、
その手をこちらへ延べてもくれぬ。
本人がどうと変わった訳でもないのに、
見えない壁でもあるかのように、近づいてさえくれぬ。
「……。」
親切で優しいのが変わらないからこそ、
そこが妙に気になってしまい。
そんな場合じゃないかも知れぬが、
何だかつれないなぁと寂しくなった。
自分の途轍もない落ち度も重なったからには、
これはもう元通りには戻れないのかなぁと。
思うだけでも目許がじわじわ熱くなることを咬みしめて、
すっかりと意気消沈しておれば、
「知らずに変わってたケースには例がないのか。
だとすると、ラファエルさんに訊いても判るかどうか。」
そちらは何とか気を取り直したか、
そうと言いつつ、自分のスマホを取り出したブッダが、
ああと気がついたような顔となり。
イエスの方を見やって、
「とりあえず、ラファエルさんへ連絡を。」
「あ、えと、うん…。」
そうだよね。
こんな一大事、誰だって動転しちゃう。
私自身 何に手をつければいいのか全然判らないのだし、
だっていうのに、ブッダは凄いなぁ。
好きだよって、
物凄い思い切って、
えいって告白し合った相手だからかな。//////
「〜〜〜〜、……。」
ちょっぴり嬉しいなと思ったものの、
さっきのやりとりがすぐさま
重い蓋になって覆いかぶさるのを感じ、胸が動揺で冷たく凍える。
一歩 間違えば、
失道者よと堕天の淵へ追い落とされるような危険なこと。
それをお互いに覚悟し合ったはずなのに、
そんな相手から隠しごとされてたなんて知ったら、どんな気がするだろう。
イエスと人の和子とのささやかな内緒ごとを、
たまたま見ちゃっただけで泣きそうになったほど、
胸が潰れそうになった繊細な人なのに。
“お務めの内容は話せなくても、
女の子に転変出来る話は出来ただろうに。”
何で思い出さなかった?
最近でも、そうそう、
ブッダにねだって女性になってもらったあのときとか、
機会はいくらだってあったのにね…。
「…いえす?」
「うん、ごめん。」
動揺する心を押し隠し、
枕元からスマホを持ち上げて、電話帳を開く。
らの行は…と 操作しておれば、
「…っ。」
「え?」
それは本当に不意なこと。
手の上へ軽く載せてたモバイルを、あっと言う間に浚い取られた。
何も言わぬまま、鷲掴むような乱暴さで、
がつりと取り上げたブッダであり。
ぐずぐずしていたのが癇に障った?
これ以上怒らせないでと抗議したかったの?
項垂れてしまい、
そのまま“ごめんねごめんね”と
しゃくり上げそうになったイエスだが、
「…………ごめん。やっぱり、待って。」
それへと先んじての微かな声が耳へと届く。
窓の外、どこかで駈けてった自転車のしゃーって音が重なって、
でも“待って”というのはちゃんと聞こえて。
「ぶっだ?」
顔を上げれば、イエスから取り上げたスマホを握り締めている彼で。
怒っているというよりも、何だか…どこか切ないような顔になっていて。
そんな彼が、絞り出すような声で紡いだのが、
「…ごめん、イエス。」
か細いそんな一言。
“……え? なんで”
きつく詰られたって文句は言えない。
こんな繁雑な事態には もう付き合えないと
冷たく投げ出されても自業自得なのに。
それを恐れて強ばってた肩へ、
やっと届いたのが、それは優しい温もりで。
膝立ちになってのずりずりと、
お行儀悪くもいざるように近寄って来たそのまんま、
幼い子供が水練の途中でお母さんへ助けを求めるように、
双腕を伸べてくると
イエスの小さくなった肩を ぎゅうと掻い込んで抱き締めたブッダであり。
「心細いのはキミなのに。
私、自分のことしか考えられないの。」
え?
「今、電話を掛けちゃったら。
ラファエルさん、きっとキミを天界へ連れてっちゃう。」
頼もしい懐がふるると震えて、
この彼がどれほどに恐れているかがありありと伝わる。
「前にイエスが言ってたでしょう?
私が熱を出したとき、梵天さんを呼んだけど、
そのまま天界へ連れて行かれたらどうしようって思うと怖かったって。」
うん…と惰性のようにぼんやりと頷くと、
自分を抱きしめる腕の輪がより狭まって、
「今ってそれと同じじゃないかって思ったら。
私、やっぱりラファエルさんへ相談なんて出来ないよ。」
「ブッダ。」
例がないことなんでしょう?
このまま元に戻れなかったなら、そんなの一大事だからって、
事実を伏せられたその上、
君は天乃国から出してもらえなくなるかも知れない。
私は事実を知っている者という枠で、
会うくらいは許されるかもしれないけれど、
「今のまま、このままずっと一緒って言ってたのに。
それが適わなくなるなんて どうしてもイヤなんだ。」
「ぶっだ。」
聡明で沈着冷静で、我慢強くてそれは頼もしい釈迦牟尼が、
幼子みたいに、こんな弱々しい自分へすがりつくなんて。
それは慈愛に満ちた尊であり、
小さき者のためならば、
その身を投げ出してでもと傷つくことを厭わない、
そんなまで心根の広く、寛容な彼である筈が。
イエスと引き離されるなんて、一緒にいられないなんてイヤだと、
しゃにむになって抱きしめてくれる。
教え以外での 我を通したり、
誰かへ甘えたりがどうしても出来ない人だったはずが、
どこへもやらないと、彼自身の我儘として言い切ってくれるなんて。
「〜〜〜っ。///////」
そんな事実ごと抱きしめられて、
胸の奥がぎゅぎゅうっと、
切ないまでの恋情に 痛いほど締めつけられているイエスであり。
「私もいやだ。
そんなことになるなら、このままでいい。
ブッダと一緒にここにいるっ。」
堕天させたきゃさせればいい。
その瞬間まで、一緒にいたいから此処にいると。
それこそ えいと、声から気持ちから振り絞るように言い放ち。
そんなことを言っちゃダメな告白、
生真面目なのに、融通利かない人なくせに
先に言い張ってくれたブッダの懐ろへ、
くぅんきゅうんと鼻声になったまま、
こちらからも しゃにむにしがみついた。
ああ、あんなに頼もしかったのにね。
やっぱりブッダからは アンズの匂いがするの。
かわいらしいブッダに似合いの、
それは甘くて清かないい匂い。
私が大好きないい匂い…。
「……。///////」
シャツ越しの温みがそれはじんわりと滲みて来て。
ああ、この人がやっぱり欲しいと心からそう思った。
甘え方を知らないから、おいでって呼んであげなきゃな
それはそれは可愛いブッダも大好きだけど。
こんなにも頼もしいのに、小さくなった私へすがるような
それはそれは可愛いブッダが欲しいなぁって、
心からそう思った。
“いつもだったら、キスするから ほら…って、
こっちから抱きすくめてあげられるのに。”
今の私では腕も短いし、見下ろす眼差しで包み込んであげられない。
ああ何か口惜しいなぁって
ブッダの背中へ回した手を、ついついぎゅうって握り込めば、
「……。」
本当に そろお…っと。
まるで蜘蛛の巣を壊さないように撫でてるみたいに、
それはそれは近いのに、それはそれは遠くから。
触れてるのだか触れてないんだかも微妙なくらいの力加減で、
何かが頬へ触っているのに気がついて。
最初は後れ毛かなって思ったくらいで、
でも、お顔をそっちへ向けたら、あわてて引っ込んだ何かがあって。
「…………ぶっだ?」
「いやあのその、えっと。/////////」
こんな時なのにいけないよね。
さっきからも、
触っちゃいけないってずっとずっと堪えてたのに。
…………え?
抱きしめてくれてた腕の先。
長さが余ってた手の先の指先で、
見つかったら天罰が下ることへ挑むよに、
そろぉ…って イエスの頬を撫でてたらしいブッダであり。
「抱きしめちゃったら、あのその。何か歯止めが…。////////」
いつだったかイエスが
とんでもないことしそうで怖いって言ってたのが
今は身に迫っての ようよう判る。
嫌われないかなとか、厭がるんじゃないかなとか、
そんなことは勿論したくないのに。
無理強いなんてして、
キミの気持ちを傷つけるなんて とんでもないと思うのに。
この手が引き寄せられて止められない。
欲しい欲しいと我儘をいう心が止められない。
「今は それどころじゃないのにね。////////」
駆け出しの修行僧でもこんな至らないことはしなかろにと、
恥ずかしそうに視線を逸らすブッダなのへ、
「………私も。////////」
イエスが消え入りそうな声で言い、
え?と視線が戻って来るのを恐れるように、
見ないでと言わんばかりの恥じらい連れて。
ブッダの懐ろへ ぱふりとお顔を埋め直す。
いえす?
………。
いえす…。
私、強引だったのかな。
え?
上から覗き込んで見下ろして。
ブッダが逃げないのをいいことに
捕まえたって組み伏せるみたいに、
掴みかかるよにして、キスしてたのかなぁ。
やさしいブッダ、
私を嫌がる素振りをしたら、
それだけで私が傷つくと思ってしまって。
それで、振り切るなんて簡単なのに逆らえなか……
「………っ、ん、
んぅ…んっ、んん…。///////」
顎へ何か触れたと思ったそのまま、
上を向かされ…唇が重なる。
やわらかくて温かで、
ああでも、ブッダのほうからって、
それもこんな強引で果敢なのって、
もしかせずとも初めてで。
驚いてのつい、離れようとしかけたら、
うなじを掴まれていて許されず。
息継ぎするよに離れた刹那に、こちらも はあと息を吸えば、
そのまま再び唇が重なって。
ああ、なんか、気持ちいい
頼もしい腕にくるみ込まれているのが安心出来て。
うなじを支えられているのが、強引だけど嫌じゃあなくて。
離さないと必死なのがむしろ嬉しくて…。/////
「〜〜〜。////////」
ふんわりと意識が浮かび上がったのも怖くはなくて。
そのまま手放しになり、
いわゆる夢見心地で陶然としていたらば、
「………あ。」
そんな唐突な声がして。
接していた唇が薄く剥がれ、
それと同時に、甘くて華やかな、
覚えのある香りが辺りに広がる。
ブッダの背中へ回していた手へもさらさらした感触が触れて。
「これ…。」
さすがに息が切れかけていたか、
はあと軽く喘ぎつつ、
優しい腕へ支えられて 辺りを見回せば。
見覚えのある深色の髪の海が、彼らの周囲を取り巻いており。
「甘えたくなっちゃってたみたい。///////」
そんな声に顔を上げれば、
螺髪が解けてもどこか頼もしいままのブッダが、
くすすと柔らかく微笑ってくれて。
「私たちダメダメだねぇ。」
大変な事態だってのに、
お互いに我儘ばかり言い合って。
大変な事態だってのに、
キスに夢中になったりもして。
「うん。ダメダメだ。」
立場よりも好きな人を、戒律よりも恋情を、
どうしてもって優先したがってるんだものね。
「間違いなくダメダメだ。」
「困ったねぇ。」
ダメな聖人だねぇと顔を見合わせ、
そのまま身を寄せ合うと、
ダメダメだ、ホントにねと笑い合う。
こうなったらもう、
バレるまでこのままでいてもいいかなぁなんて。
特に言い合わせることもないまま、
でもでも、お互いに同じことを何とはなく思いつつ。
凭れ合ったそのまま、ふと眸が合って、
「………?」
「…うん。」
そのまま視線を絡ませ合い、
共犯者の誓いでも立てましょかと、
今度はイエスのほうが伸び上がるようにして
唇を重ねようとしかかったその時だ。
Pirrrrrrrr、 Pirrrrrrrr と
不意に鳴り始めたスマホに、
わあっと二人して飛び上がったのは 言うまでもなかったのでありました。
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*おかしいなぁ、ギャグ調に進めるつもりでしたが、
ついついメロドラマになって来ました。
でもでも、そろそろ何でこうなったかを出しますので、
そこからは、もうちょっとお気楽な話になろうかと。
めーるふぉーむvv
掲示板&拍手レス

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